1966年4月5日17時51分

松代群発地震

M5.4 / 長野県北部

名前 松代群発地震

日時 1966年4月5日17時51分

震源 長野県北部

緯度 北緯36.56度

経度 東経138.32度

規模 M5.4

深さ 0km

出典 [1]

1966年4月5日17時51分 松代群発地震の震度分布。気象庁による。

概要

  • 長野県北部を震源とするM5.4の地震[1]
  • 長野市箱清水で震度5を観測[1]
  • 松代群発地震(1965年〜)の中で最大のM5.4の地震2回のうち早く起きたほう[2]
  • 皆神山を中心に最大90cm隆起。有感地震は1970年末までに62,826回[2]

詳細

1966年4月5日17時51分、長野県北部を震源とするM5.4の地震が発生した。長野県長野市で最大震度5を観測した。

この地震は、松代群発地震の中で最大のM5.4の地震2回のうち、早く起こったほうである。1965年8月3日から、松代町(長野市東部)の皆神山付近で小さな地震が頻繁に起こり始め、しだいに回数が増えて、11〜12月ごろには有感地震が1日100回を超える日もあった。活動は、2月末まで徐々に減少した第1期、再び増加して3月下旬から連日300回を超え、4月1日・5日・17日には600回を超えた第2期、8月上旬に再び増加して8月28日に1日540回に達した第3期(1966年12月まで)、1967年5月までの第4期、以後の第5期と推移した。1970年末までの有感地震は合計62,826回で、うち震度5が9回、震度4が50回、M5.4が2回、M5.0以上は合計20回に達し、地震エネルギーの総計はM6.4の地震1回に相当する。

被害は主として家屋の傾斜、基礎・壁・瓦の破損、山(崖)崩れ、道路の損壊などで、被害を生じた地震は1971年末までに47回、被害の合計は住家全壊10棟、半壊4棟、一部破損12,386件7,857棟だった。震央域は、第1期は皆神山を中心とする半径5kmの範囲にあり、第2期から第4期にかけて徐々に広がった。皆神山を中心とする約10×8km²の地域に最大90cmの隆起が生じ、皆神山の北東麓には長さ約4kmのエシェロン状の地割れ帯ができた。地下には、長さ約7km、幅(深さ)3km、右横ずれ2mの断層ができたと推定される。皆神山北東麓の多量の湧水(総湧出量は1,000万m³と推定)は、カルシウム・塩素イオンに富み、炭酸ガスで飽和した特異なものだった。1966年9月17日には牧内地区で地すべりが発生して民家が押し潰されたが、予測されていたため死傷者はなかった。

1969年から加賀井で深さ1,800mのボーリングが行われ、1970年1月から2月にかけて合計2,883m³の水が注入されると、注入地点の約3km北で、1月25日から地震が急に増えた。震央域の中央には、気象庁唯一の地震専門の観測所である松代地震観測所があり、地震活動の経過が詳しく調べられた。この群発地震は長期化して社会的にさまざまな問題が生じたため、情報の発表は長野気象台に一本化され、観測班間の情報交換と統一見解のため、北信地域地殻活動情報連絡会が1966年4月25日に発足した。[2]

周辺で起きた過去の地震

参考文献

1.気象庁:震度データベース検索

2.茅野一郎・宇津徳治(2001):日本の主な地震の表,地震の事典,2,朝倉書店,574-637.

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