1771年4月24日

八重山地震(明和大津波)

#沖縄県(先島諸島) #日向灘〜琉球海溝
M7.4 / 八重山列島・宮古列島

名前 八重山地震(明和大津波)

日時 1771年4月24日

震源 八重山列島・宮古列島

緯度 北緯23.5度

経度 東経124.8度

規模 M7.4

深さ 20km

出典 [2][4]

八重山地震(明和大津波)の震度分布。[3]の文献による。

概要

詳細

従来、石垣島での津波遡上高は最高85.4mとされてきたが、江戸時代の測量術である「戸高」(戸板高)を用いた測量の誤差によるものと考えられる。石垣島では地域により津波高が大きく異なり、大浜(東方)から四箇(西方)に向かって、約20mから約8mの高度まで遡上した。具体的には、新川で約8m、石垣・大川で約9m、登野城で約12m、真栄里村で約12m以下、平得村で約12m、大浜で約20mに達した。八重山諸島の他の島々では、黒島・波照間島で約5m、多良間島で約15m、宮古島で約10mの津波高を記録した[1][5]

巨大な津波により、石垣島と宮古列島を中心に甚大な被害が発生した。津波は3回来襲した。人的被害は甚大で、石垣島で溺死約8,400人(住民の半ばに近い)、宮古列島で溺死2,500余人、全体で溺死者約12,000人に達した。住家全潰は約2,200棟。その後大飢饉や疫病の流行のため、石垣島の人口は津波前の1/2にまで減少した[2]

周辺で起きた過去の地震

参考文献

1.河名俊男・島袋永夫・中田 高・正木 譲・島袋綾野(2006):石垣島南部(四箇・平得・真栄里・大浜)における1771年明和津波の遡上高~とくに戸高に関連して~,歴史地震,21,246.

2.茅野一郎・宇津徳治(2001):日本の主な地震の表,地震の事典,2,朝倉書店,574-637.

3.宇佐美龍夫(1994):わが国の歴史地震の震度分布・等震度線図,日本電気協会.

4.松浦律子・中村操(2021):近世・近代初期の歴史地震の系統的解析-20年間のまとめ(改訂),歴史地震,36,235-239.

5.琉球大学理学部物質地球科学科地震学研究室:八重山地震津波.

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