1830年08月19日16時ごろ

文政京都地震

M6.5 / 京都府南部

名前 文政京都地震

日時 1830年08月19日16時ごろ

震源 京都府南部

緯度 北緯35度

経度 東経135.7度

規模 M6.5

深さ 10km

出典 [3]

古文書から推定された文政京都地震の震度分布。宇佐美(1994)による。

概要

  • 京都府南部で発生したM6クラス後半の内陸地震[3]
  • 京都や亀岡で被害が多く、二条城本丸や御所が破損した[2]
  • 鳴動・弱い前震があり、余震も非常に多く翌年までに635回以上[2]

詳細

文政13年7月21日(1830年8月19日)16時頃、推定M6.5の文政京都地震が発生した。京都府南部を震源とする内陸地震で、京都市内の死者は280人に達した。二条城本丸が大破し、御所も破損した。亀岡(当時の亀山)でも崩家41棟・死者4人の被害があった。余震が非常に多く、翌年1月までに635回以上を記録した。[2]

周辺で起きた過去の地震

参考文献

1.宇佐美竜夫・大和探査技術株式会社(1994):わが国の歴史地震の震度分布・等震度線図.

2.茅野一郎・宇津徳治(2001):日本の主な地震の表,地震の事典,2,朝倉書店,574-637.

3.松浦律子・中村操(2020):近世・近代初期の歴史地震の系統的解析-20年間のまとめ,歴史地震,35,211-214.

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