1596年09月05日
慶長伏見地震
M7.3 / 近畿中部
名前 慶長伏見地震
日時 1596年09月05日
震源 近畿中部
緯度 北緯34.9度
経度 東経135.65度
規模 M7.3
深さ 0〜30km
出典 [2]
古文書から推定された慶長伏見地震の震度分布。宇佐美(2010)による。
概要
詳細
京都南部で被害多く、伏見城の天主が大破し、石垣が崩れ、上﨟・中居・下女約600人圧死した。「地震加藤」で有名。京都では寺、民家の倒壊も多い。奈良でも倒壊した寺がある。近江粟田郡は山村では潰家が多く、死14。大阪では城には被害は少なかったが、町屋や神戸では潰家が多かったという。高野山では大塔の九輪の四方の鎖が切れた。大阪府西三荘・八雲東遺跡で見つかった液状化跡はこの地震による可能性が強い。トレンチ調査の結果から、中央構造線四国東部および有馬・高槻構造線はこの地震のとき動いたとする見方がある。余震は翌年4月まで続いた。[3]
周辺で起きた過去の地震
参考文献
1.宇佐美龍夫(2010):わが国の歴史地震の震度分布・等震度線図(改訂版),日本電気協会.
2.松浦律子・中村操・茅野一郎・唐鎌郁夫(2006):[講演要旨] 江戸時代の歴史地震の震源域・規模の再検討作業-7年間の成果中間報告-,歴史地震,21,255-256.
3.茅野一郎・宇津徳治(2001):日本の主な地震の表,地震の事典,2,朝倉書店,574-637.