1605年2月3日
慶長地震
M7.9 / 南海トラフ?
概要
詳細
震害の記録は淡路島の千光寺の諸堂が倒れたというものだけ。津波は犬吠崎から九州に至る太平洋岸に押し寄せた。八丈島で推定波高10m以上、死者57。房総東岸では波高5~7m。浜名湖近くの橋本では戸数100のうち80流され死者多く。伊勢では地震後約2時間後に津波来襲、波高4~5m。紀伊半島西岸の広村で戸数1,700のうち700戸流失。阿波の宍喰で波高約6m、死1,500余。土佐甲ノ浦で死350余、室戸岬付近で死400余。鹿児島湾北西部にも大波が来て被害があった。南海トラフ沿いの巨大地震とみられるが、ほぼ同時に房総沖あるいは東海はるか沖を震源とする大地震が起こったとする見方もある。[2]
周辺で起きた過去の地震
参考文献
1.宇佐美龍夫(1994):わが国の歴史地震の震度分布・等震度線図,日本電気協会.
2.茅野一郎・宇津徳治(2001):日本の主な地震の表,地震の事典,2,朝倉書店,574-637.