1586年01月18日

天正地震

M7.8〜8.0 / 中部地方

名前 天正地震

日時 1586年01月18日

震源 中部地方

緯度 北緯35.3度

経度 東経136.6度

規模 M7.8〜8.0

深さ 5km

出典 [2]

古文書から推定された天正地震の震度分布。松浦(2011)による(2日前に発生した天正飛騨越中地震と区別が難しいため、両者の震度を掲載している)。

概要

  • 中部地方で発生したM8クラスの内陸地震で、2日前には富山県で天正飛騨越中地震が発生していた[2]
  • 濃尾平野などで被害大、京都や大阪でも被害、帰雲城が埋没し城主など多数が圧死[2]
  • 養老断層やその周辺の断層が動いたものか[1]

詳細

濃尾平野・飛騨・越中で被害が大きかった。大垣で潰家が多く、出火し、城中残らず焼失した。尾張長島で被害が大きかった。岡崎城が破損した。宇治山田で人家が多数破損し、死者が多数あった。京都では東寺講堂・灌頂院破損、三十三間堂の仏像6百余体が倒れた。堺で30以上の倉庫が倒れ、死者15〜20以上。阿波でも地割れを生じたという。尾張・伊勢の海岸地帯で土地の埋没、ゆり込みが多かった。液状化によるものであろう。清洲城跡で見つかった液状化跡はこの地震によるものかもしれない。飛騨白川谷の保木脇で山崩れがあり、帰雲山城が埋没し、城主内ケ島氏理以下多数〔3百余人〜1,500人以上〕圧死した。白川がせき止められて20日間水が流れなかった。白川谷全体で倒家埋没3百余。近江長浜で城主山内一豊の幼女はじめ数十人圧死した。余震は1年余続いた。翌年1月までは頻繁であった。伊勢湾に津波があった。被災地域が広く、巨大地震とみられる。震源地は、飛騨とみられていたが伊勢湾奥とみる意見もある。[3]

周辺で起きた過去の地震

参考文献

1.松浦律子(2011):天正地震の震源域特定:史料情報の詳細検討による最新成果,活断層研究,35,29-39.

2.松浦律子・中村操(2020):近世・近代初期の歴史地震の系統的解析-20年間のまとめ,歴史地震,35,211-214.

3.茅野一郎・宇津徳治(2001):日本の主な地震の表,地震の事典,2,朝倉書店,574-637.

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