1830年08月19日16時ごろ
文政京都地震
M6.5 / 京都府南部
名前 文政京都地震
日時 1830年08月19日16時ごろ
震源 京都府南部
緯度 北緯35度
経度 東経135.7度
規模 M6.5
深さ 10km
出典 [3]
古文書から推定された文政京都地震の震度分布。宇佐美(1994)による。
概要
詳細
鳴動あるいは弱い前震で始まった。上下動が強かったらしい。京都や亀山〈亀岡〉で被害が多かった。二条城本丸が大破し、御所が破損したが、堂社仏閣・御殿・表通りの町屋の倒壊は少ない。石垣・築地の崩れ、門・塀、端々の民家の倒壊が多く、壁・瓦・庇の落下が多い。西本願寺は1尺ほど傾いた。愛宕山の坊2、3〔を残して〕崩潰。京都で死280、地割れあり、泥噴出、宇治川通りの堤防が割れた。伏見で町屋の倒壊があった。淀で城の櫓・石垣破損、領内で潰4。大津で潰6、死者1。丹波亀山で崩家41、死者4。高槻・茨木は被害がなかった。出雲・美作で有感。余震は非常に多く、翌1月まで635回以上。[2]
周辺で起きた過去の地震
参考文献
1.宇佐美竜夫・大和探査技術株式会社(1994):わが国の歴史地震の震度分布・等震度線図.
2.茅野一郎・宇津徳治(2001):日本の主な地震の表,地震の事典,2,朝倉書店,574-637.
3.松浦律子・中村操(2020):近世・近代初期の歴史地震の系統的解析-20年間のまとめ,歴史地震,35,211-214.