1905年06月02日14時39分

明治芸予地震

M7.2 / 安芸灘

名前 明治芸予地震

日時 1905年06月02日14時39分

震源 安芸灘

緯度 北緯34.1度

経度 東経132.5度

規模 M7.2

深さ 30〜100km

出典 [3]

明治芸予地震の震度分布。中央気象台(1905)、官報(1905)による。

概要

  • 安芸灘で発生したM7クラスのスラブ内地震[3]
  • 広島県南部で被害大、とくに呉で多かった。死11、家屋全潰102[3]
  • 堤防・橋・鉄道・水道の破損が多く、愛媛県でも家屋などに被害、山口県でも小被害[3]

詳細

広島県南部で被害大きく、とくに呉(海軍部内)で多かった、死11、家屋全潰102、半潰79、破損6,097。堤防・橋・鉄道・水道の破損多し、愛媛県下でも家屋全潰8、半潰58、破損235。山口県でも家屋・倉庫に小被害。[3]

周辺で起きた過去の地震

参考文献

1.中央気象台(1905):明治三十八年中央気象台年報第二編地震ノ部,全国地震観測表,17-18.

2.官報(1905):第6577号,明治38年6月5日,190.

3.茅野一郎・宇津徳治(2001):日本の主な地震の表,地震の事典,2,朝倉書店,574-637.

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