1930年11月26日04時02分

北伊豆地震

M7.3 / 静岡県伊豆地方

名前 北伊豆地震

日時 1930年11月26日04時02分

震源 静岡県伊豆地方

緯度 北緯35.04度

経度 東経138.97度

規模 M7.3

深さ 1km

出典 [1]

北伊豆地震の震度分布。気象要覧(1930)による。

概要

  • 静岡県伊豆半島北部で発生したM7.3の直下型地震。11月27日から余震強く、有感地震は翌年5月28日まで続き、8月に至るまで累計5,000回以上の有感地震を記録[1]
  • 死者272人、負傷者572人、建物全壊2,165棟、半壊3,746棟。火災により焼失した建物は1,013棟。建物被害は三島、函南、田方郡周辺に特に大きかった[3]
  • 丹那断層(約35km)が出現し、最大水平変位約3m、最大上下変位約2mを記録。函南、修善寺、伊東付近にも地表地震断層が現れた[3]

詳細

11月7日から前震著しく、有感無感併せて1日200回を超える日もあった。25日16時05分にはM5.1の地震があった。本震の被害は伊豆半島北部で著しく、全体で死272[259]、住家全潰2,165[2,142]。住家全潰率は韮山村・大見村〈中伊豆町〉で30%を超え、90%を超える集落もあった。住家全潰率30%を超える集落の大部分は後述の断層に沿って分布している。構造堅固な平屋・観音堂・四柱門等が20〜73cm移動した例が10例報告されている。江間小学校〈伊豆長岡町〉校庭の安山岩上に据えつけられていた魚形水雷が地震動により移動し、その表面に岩石の突起による擦痕が残された。S波部分のみならずP波部分にも魚形水雷を動かすに足る大加速度があったことは注目される。山間部では山崩れ・崖崩れが多かったが、なかでも佐野〈天城湯ケ島町〉山津波は大規模なものであった。奥野山南斜面の崩壊によるもので、幅約2町、狩野川を超え、その川原に至って南北に広がり、幅約10町に及んだ。厚さ約20尺、3軒の民家を埋没させ死15を生じた。また中大見村〈中伊豆町〉では山上のほぼ平坦な畑地約1町歩余り約10間陥没し、隣の谷合いに長さ約30間、高さ2〜3間の隆起を生じた。箱根芦の湖南方から南下し、丹那盆地を経て大仁町浮橋に至り(丹那断層)、方向を南西に変じ、青羽根〈天城湯ケ島町〉に至る(加殿断層)、総延長約30kmの断続的な断層を生じた。また、その南端付近をほぼ東西に走る姫之湯断層等いくつかの副断層を生じた。丹那・加殿断層は左ずれ、姫之湯断層は右ずれを主成分とする。丹那断層の変位量は丹那盆地中部で約2.6m、丹那盆地直下160mを掘削中の丹那トンネルは約2.7m食い違った。加殿断層は最大田代〈修善寺町〉付近で約2m。発光現象の観測報告が多い。本震後の地震活動は通常の余震活動の経過をたどらず、群発地震の最中に飛び抜けて大きな本震が起こり、それ自身の余震は少ないという形態を示した。[3]

周辺で起きた過去の地震

参考文献

1.気象庁:震度データベース検索.

2.中央気象台(1930):気象要覧,昭和5年11月.

3.茅野一郎・宇津徳治(2001):日本の主な地震の表,地震の事典,2,朝倉書店,574-637.

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