1944年12月07日13時35分
昭和東南海地震
M7.9 / 三重県南東沖
名前 昭和東南海地震
日時 1944年12月07日13時35分
震源 三重県南東沖
緯度 北緯33.57度
経度 東経136.18度
規模 M7.9
深さ 40km
出典 [1]
昭和東南海地震の震度分布。気象庁による。
概要
- 南海トラフ沿いで発生したM8クラスの巨大地震[2]
- 被害は静岡・愛知・三重の3県で大きく、死者1,223人、家屋全壊17,347棟[2]
- 津波が伊豆半島から紀伊半島まで襲来。熊野灘沿岸で波高8〜10mに達した[2]
詳細
紀伊半島沖から遠州灘西部を震源域とする巨大地震。被害は静岡・愛知・三重の3県で大きく、特に遠州灘沿岸の菊川・太田川下流域では集落によっては全潰率が90%を超えた。沿岸部の軍需工場では地盤が悪く建物も脆弱だったため、動員学徒など多数の死傷者を出した。
津波は伊豆半島から紀伊半島まで襲来し、熊野灘沿岸で波高8〜10mに達した。三重県で144人、和歌山県で45人が水死した。
潮岬から浜松付近までの沿岸は30cm〜1m沈降し、掛川・相良・御前崎では隆起が観測された。地震前日から当日午前にかけて、掛川付近の水準測量で異常な動きが記録されている。[2]
周辺で起きた過去の地震
参考文献
2.茅野一郎・宇津徳治(2001):日本の主な地震の表,地震の事典,2,朝倉書店,574-637.