1953年11月26日2時48分

房総沖地震

M7.4 / 関東東方沖

名前 房総沖地震

日時 1953年11月26日2時48分

震源 関東東方沖

緯度 北緯34.16度

経度 東経141.4度

規模 M7.4

深さ 39km

出典 [1]

1953年11月26日 房総沖地震の震度分布。気象庁による。

概要

  • 関東東方沖を震源とするM7.4の地震[1]
  • かなり大規模な地震であるが、沖合のため被害は軽微[2]
  • 津波の最大波高は外川(銚子市)で3m、布良(館山市)で0.8m、八丈島で1.1m[2]

詳細

昭和28年(1953)11月26日2時49分ごろ関東、東北、中部地方の全般から北海道、近畿地方、伊豆諸島にわたって大きな地震を感じた。東京では震度Ⅳであったが、ゆるやかな大きな震動で約2分間にわたって体感があった。 震央は房総半島南東200km沖、北緯34度3.3分、東経141度51.8分の水深8000m程度の深海底で、震源の深さは約80kmであった。 地震の規模は河角の方法で決めると、M=8.1(Richter-Gutenberg の規模)となる。この値は大正12年(1923)の関東地震(M=8.2)や昭和27年(1952)の十勝沖地震(M=8.0)と同程度である。 今回の地震では地震および津波による被害がほとんどなかった。震央が陸から200kmも離れた海底で、震源が深く、干潮時の発生でもあったためである。最大有感距離は1100kmにおよんだが、最大震度は富崎・三宅島などで震度Ⅴ(強震)であった。 中央気象台では3時04分に千葉・茨城・神奈川・静岡の海岸に津波警報を発令し、5時50分に解除した。津波の最高は銚子で約3m、富崎で1.8mで、第1波はすべて押し波であった。 余震は翌年5月31日までに有感741回が観測された。26日09時03分・17時14分の余震は特に大きく、規模はいずれも7以上であった。 (中略) 中央気象台における津波予報の発令について 津波予報官は、東京の更正最大全振幅を210mmと受け取り、実際の21mmであることに気付かず、津波予報図から無条件に大津波と判定し、3時04分に大津波警報を発令した(正しくは弱い津波との予報が適当である)。各測候所からの報告で大津波の来襲はないと判断し、5時50分に警報を解除した。[3]

周辺で起きた過去の地震

参考文献

1.気象庁:震度データベース検索

2.茅野一郎・宇津徳治(2001):日本の主な地震の表,地震の事典,2,朝倉書店,574-637.

3.井上宇胤(1954):房総沖地震調査報告,験震時報,第19巻,pp.42-70.

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