1968年05月16日09時48分
十勝沖地震
名前 十勝沖地震
日時 1968年05月16日09時48分
震源 青森県東方沖
緯度 北緯40.7度
経度 東経143.6度
規模 M7.9
深さ 0km
出典 [1]
1968年十勝沖地震の震度分布。気象庁による。
概要
- 青森県東方沖(三陸沖北部)で発生したM8クラスの巨大地震[2]
- 青森県を中心に死者52人、建物全壊673棟の被害。軟弱地盤での被害が目立った[2]
- 東北・北海道を中心に津波が襲来し、三陸沿岸で最大5mを観測[2]
詳細
日本海溝北部のプレ—ト境界型巨大地震。十勝沖という名称は適切ではない。被害が最も大きかったのは青森県で、北海道がこれに次ぎ岩手・宮城・秋田に及んでいる。住家の被害は八戸・三沢・十和田・むつ各市、東北・五戸・六戸各町で多かった。住家全壊率は十和田市牛泊75%、東一番町39%、八戸市滝谷36%などで大きかった。埋立地や低湿地・軟弱地盤等、地盤に起因する被害・盛土のすべりによる被害が多かった。鉄筋コンクリート造の被害が目立ち、函館大学の校舎の1階が圧潰し、むつ市役所・三沢高校で一部が圧潰した。八戸市では、鉄筋コンクリ—ト造建物の約10%、6棟がかなりの補修・部分的建直しを必要とした。火災は少なかったが、十和田市では、使用中の石油ストーブの約1.3%(9件)から出火した。津波は東北地方・北海道の太平洋岸を襲った。波の高かったのは、八戸の北(百石-北沼)・野田・宮古湾・大槌湾等で、平均潮位上約5mに達した。ちょうど干潮時であったためもあり、被害はそれほど大きくなかった。養殖など浅海漁業施設に被害が及び、浸水家屋が出た程度。襟裳岬で波高3m。全体で、死52、建物全壊673、半壊3,004、一部破損15,697、全半焼18、床上浸水221、船沈没・流失127。この地震の直後、9時51分から十勝岳の地震活動が活発化し、6月30日までに有感10回を含む291回の火山性地震が観測された。また、一時噴煙量が多くなった。[2]
周辺で起きた過去の地震
参考文献
1.気象庁:震度データベース検索.
2.茅野一郎・宇津徳治(2001):日本の主な地震の表,地震の事典,2,朝倉書店,574-637.