1718年8月22日

享保伊那地震(遠山地震)

M7.0 / 長野県南部(遠山谷)

名前 享保伊那地震(遠山地震)

日時 1718年8月22日

震源 長野県南部(遠山谷)

緯度 北緯35.4度

経度 東経137.8度

規模 M7.0

深さ 5km

出典 [3]

古文書から推定された享保伊那地震(遠山地震)の震度分布。宇佐美(1994)による。

概要

  • 長野県南部(遠山谷)で発生したM7クラスの大地震[2]
  • 飯田領で潰家350棟・死者12人、遠山谷では山崩れが発生[2]
  • 遠山川がせき止められ、後に決壊し死者50以上[2]
  • 伊那谷断層帯南部の一部が活動[3]

詳細

飯田城中で破損多く、長久寺唐門が潰れた。飯田領で潰家350、死12。遠山谷満島村諸木改番所は全潰し、山崩れのため埋没した。盛平山の西方の一角が崩れ、遠山川をせき止め、出山という山を生じた。川は後に決壊、三河佐太村大谷までの間で死50余。伏見淀城が小破した。江戸有感。[2]

周辺で起きた過去の地震

参考文献

1.宇佐美龍夫(1994):わが国の歴史地震の震度分布・等震度線図,日本電気協会.

2.茅野一郎・宇津徳治(2001):日本の主な地震の表,地震の事典,2,朝倉書店,574-637.

3.松浦律子・中村操(2020):近世・近代初期の歴史地震の系統的解析-20年間のまとめ,歴史地震,35,211-214.

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