1792年05月21日

雲仙岳地震(島原大変肥後迷惑)

#長崎県 #熊本県 #火山性地震
M6.4 / 島原半島

名前 雲仙岳地震(島原大変肥後迷惑)

日時 1792年05月21日

震源 島原半島

緯度 北緯32.8度

経度 東経130.3度

規模 M6.4

深さ 不明

出典 [1]

1792年5月21日 雲仙岳地震(島原大変肥後迷惑)の推定震度分布。宇佐美(2010)による。

概要

詳細

旧暦の前年(1791年)10月8日から連日地震が発生し、鳴動を伴った。11月10日ごろに最も強く、小浜村方面で家屋倒壊・山崩れなどの被害が出た。その後、地震活動は弱まったが鳴動は続いていた。

翌年1月18日に再び地震活動が活発化し、普賢岳で噴火が始まった。2月から3月にかけて複数の火口から溶岩が流出。3月1日から島原方面で地震が激しくなり、島原城下では石垣が崩れ、地割れが発生した。3月9日には眉山東側の楠木山が約300mすべり落ち、周辺で湧水の異常が相次いだ。

4月1日(新暦5月21日)夜、強い地震が2回発生した後、大音響とともに眉山(前山南峯天狗山)が大崩壊。約0.34km³の土砂が前面の入江を埋め、海岸線は約800m前進した。崩壊により山頂は約150m低くなり、海中には数十の小島が形成された。この土砂が有明海に流入して大津波が発生。

津波は最大波高約10mで、対岸の肥後にも甚大な被害をもたらした。死者は島原周辺で約9,500人、天草で約340人、肥後(飽田・宇土・玉名三郡)で約4,800人、合計約15,000人。流失・倒壊家屋は約6,000軒に達した。[2]

周辺で起きた過去の地震

参考文献

1.宇佐美龍夫(2010):わが国の歴史地震の震度分布・等震度線図(改訂版),日本電気協会.

2.茅野一郎・宇津徳治(2001):日本の主な地震の表,地震の事典,2,朝倉書店,574-637.

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